OPERATIONAL PERFORMANCE花研コーヒーブレイク

ないですはないのではないかと

2015.04.02

中学の時、国語の授業で高田●子先生に、

「形容動詞に“だ”を付けることはできるが、形容詞には“だ”を付けることができない」

と教わりました。つまり、「きれいだ」とは言っても「美しいだ」とは言わない。

また、「だ」は「である」とも言い換えられるし、丁寧語になれば「です」となる。

従って、「きれいである」「きれいです」とは言っても、「美しいである」「美しいです」というのは間違えた日本語なのだと。

 

もうそれ以来何十年と、巷にはびこる「形容詞+だ」の誤った用法が気になって気になってしかない。

例えば、J●駅のホームでのアナウンス。

「~危ないですから、黄色い線の内側に下がって、お待ちください」

危ないは形容詞なので、「です」と結ぶことはない。「危ないです」という日本語は間違っているのです。「危ないだ」とは言わないでしょう。

本来ならば「危ないので」、或いは「危険ですから」というところだ。「危のうございますので」と言えとまでは言いませんがね。誰かJ●社に直すように言ってくれへんかな。

(・・・と思っていたら、そういうことは他力本願ではなく、自分で言えばいいのですと言われ、ちゃんと自分でJ●東日本様のお問い合わせ欄に投書してみましたよ。ハイ。

結果は・・・未だにノーレスポンスですがね。天下の大企業様に小さいことを投書してどうもすみません。)

 

同様に気になって仕方がないのは、「ない」に「です」を付ける表現。
「ない」の品詞は原則として以下の通り。
①助動詞
②形容詞
③補助形容詞
④形容詞の一部
いずれのパターンであっても、直接「です」が付くことはありません。
①助動詞の「ない」
例えば「知らない」「行かない」など、英語で言えば動詞を否定するnotに当たる「ない」。
丁寧語で「知らないです」「行かないです」と表現することがいかに一般的になってしまってきていることか・・・。
「知らないだ」「行かないだ」とは言わないでしょう。本来ならば「知りません」「行きません」と言うべきところです。
②形容詞の「ない」
例えば「その可能性はない」のような、存在のある・なしを示す。英語でいえば、There is no~, There are no~の表現の「ない」に当たる。
「可能性はない」を丁寧語にする場合、「ないです」ではなく「ありません」となるのが正しい日本語。
「可能性はないです」(誤)と言った場合、つまり「ないだ」と言っていることと同じなわけです。ネイティブスピーカーの言葉には聞こえませんね(^_^;)←×聞こえないですね(誤)
もしくは、文脈によっては「可能性はないです」であれば間違えではないでしょう。
③補助形容詞の「ない」
例えば「楽しくない」「痛くない」など、英語の形容詞を否定するnotの「ない」にあたる。
(・・・ほお、こうしてみると①②③全てにおいて、英語のnot,noと、日本語の「ない」の品詞名(機能)は一致しているんだな)
丁寧語で「楽しくないです」「痛くないです」ということに、これまた大変な違和感を感じる。
「楽しくないだ」とか「痛くないだ」とは言わない。「楽しくありません」「痛くありません」というのが正しい言葉の使い方だと思うのです。
④形容詞の一部の「~ない」
ふがいない、せつない、もったいない、危ない・・・など
先述のとおり、「です」と結ばれることはありません。
ところが、哀しいかなこの誤用がスタンダードであるかのように蔓延している。しかも日本語を母国語としている人たちの間でです。
とりわけ嘆かわしいのは、天下の放送局N●K番組のナレーション(事前に準備されているはずなのに)やアナウンサーの言葉にまでこの「ないです」表現を聞くことがあるのです。言葉を扱うプロとばかり思っていただけに、誤用を耳にしたときの衝撃が我ながら大きかった・・・。バラエティ番組の芸人さんが勢いで使っているのとはワケが違います。日々の会話はさておき、できればバラエティ番組であっても影響力の大きいメディアですから「~ないです」は表現は極力避けたいところです。
時代の変化とともに新語が生まれるのは日常茶飯事ですが、文法が変わるというのは結構ドラスティックな出来事だと思います。しかし、恐らくこのまま文法が変わって行くのでしょう。一人が騒いでいても何にもならないことで、「ないです」はいずれ正しい日本語として受け入れられていくのかもしれません。

あまりきれいな響きには思えませんが、言葉は生きていて使用者の変化とともに文法さえも変わっていく。このことを受け入れ、柔軟な姿勢でいたいと思います・・・チョット諦観入ル。

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