花研コーヒーブレイク
馬込が流行り?
2026.10.14
こんにちは。花研の一研究員です。
ある日曜の朝、スマホを持った見慣れない人たちが馬込エリアを散策されている光景に出くわしました。
馬込には大正時代に住まいをもうけた文筆家が多く、「馬込文士村(まごめ・ぶんしむら)」の異名があります。今でも町のあちこちにその人たちを説明する案内表示が設けられています。そしてなんだかその案内板に、何組もの人が群がっているのです。日曜の朝からこんな住宅街にわざわざなんだろうかなと思ったのです。
朝ドラで再び注目、馬込を歩く
「文士村」が100年後のまち歩きコンテンツに
それは、2026年10月1日に利用開始となった馬込文士村公式ガイドアプリ「まごめぐり」です。スマホによるルート案内だけでなく、音声ガイド、ARを使った体験型コンテンツ、謎解きなどを組み合わせ、街を歩きながら馬込文士村の歴史を楽しめる仕組みになっています。
では、そもそも「馬込文士村」とは何なのでしょうか。
馬込に作家や芸術家が集まった時代
「文士村」という名前の行政上の村が存在したわけではありません。
大正末から昭和戦前期にかけて、現在の馬込・山王・新井宿一帯に、多くの作家や詩人、評論家、翻訳家、編集者、画家などが移り住み、一つの文化的なコミュニティを形成しました。これが後に「馬込文士村」と呼ばれるようになりました。
名前を並べてみると、その豪華さに驚きます。
尾﨑士郎、宇野千代、川端康成、室生犀星、萩原朔太郎、三好達治、村岡花子、山本周五郎など、そして川端龍子、川瀬巴水、小林古径などの美術家もこの地域と関わっています。
なぜ馬込だったのでしょう。
当時の馬込周辺にはまだ農村風景が残り、「馬込九十九谷」と呼ばれるほど起伏に富んだ地形がありました。
創作に適した環境だったことに加え、大森では画家や文化人の交流がすでに生まれていました。さらに1923(大正12)年、尾﨑士郎が宇野千代との新婚生活のため馬込村中井に居を構え、多くの文士仲間を呼び寄せたことも、文士村形成の一因とされています。
ですから馬込文士村は、文学者がたまたま同じ地域に住んでいたというだけではありません。
書く人、描く人、編集する人たちが近くに住み、互いに行き来した「文化人のコミュニティ」だったところに面白さがあります。
大田区の資料によれば、文士たちは創作する一方、ダンスやマージャンなども楽しみ、賑やかな交流をしていました。
そして2026年、宇野千代が朝ドラに
ここへ今年、大きな追い風が吹きました。
2026年9月28日から始まったNHK連続テレビ小説『ブラッサム』です。
作品は作家・宇野千代をモデルとした物語で、NHKオンデマンドでは「激動の明治・大正・昭和を駆け抜けた作家・宇野千代さんをモデルとした葉野珠の物語」と紹介されています。
つまり、朝ドラを入口に宇野千代を知り、そこから「宇野千代が暮らした馬込とはどんな場所だったのだろう?」という興味が生まれるわけです。
大田区もこの機会を捉え、宇野千代と馬込文士村に関する展示やまち歩きなどを展開しています。11月28日には『ブラッサム』出演者によるトークショー、馬込文士村ガイドの会によるまち歩き、馬込文士村パネル展も予定されています。
さらに、大田区は大森・馬込・池上・洗足池の頭文字を組み合わせた「OMAISEN PROJECT」を展開し、地域の歴史文化資源を改めて見つめ直し、地域の魅力やにぎわいにつなげようとしています。
「読む文学」から「歩く文学」へ
ここで面白いのが「まごめぐり」です。
従来の文学散歩というと、地図を片手に旧居跡や記念碑を訪ねるイメージがあります。
それが「まごめぐり」では、
街を歩く
→ 音声を聴く
→ ARを体験する
→ 謎を解く
→ 実際の場所と文学史を結びつける
という、新しい体験に変わっています。公式にはルート案内、音声ガイド、AR技術を使った体験型コンテンツ、謎解きなどが用意されています。
実は馬込は、こうした「歩く文学」と相性のよい街です。現在では当時の田園風景の多くは失われていますが、文士たちの旧邸跡を示す案内板があり、尾﨑士郎記念館、山王草堂記念館、龍子記念館、大田区立郷土博物館などを巡ることができます。
しかも平坦な観光地ではありません。山王から馬込にかけては丘と谷が続き、坂や階段を上ったり下ったりします。その地形自体が、かつて文士や画家たちが暮らした馬込の記憶につながっています。
100年前の文化を、スマートフォンを持って歩く
考えてみれば、これはなかなか面白い組み合わせです。約100年前、若い作家や芸術家たちが馬込周辺に集まり、互いの家を訪ね、作品をつくり、交流しました。
そして2026年。
今度は私たちがスマートフォンを持って、その人たちが暮らした場所を訪ね歩きます。
昔のものを博物館の中だけに保存するのではなく、実際の街を歩くことで歴史と現在を重ね合わせる。朝ドラ『ブラッサム』を見て宇野千代に興味を持った人にも、文学好きの人にも、あるいは「馬込にこんな歴史があったの?」という地元の人にも、ちょうど良い入口になりそうです。
この秋、大森や馬込に用事があったら、少し時間を取って歩いてみてはいかがでしょう。いつもの住宅街の坂道が、100年前の文学者たちが行き来した道に見えてくるかもしれません。
文学は本の中だけにあるのではなく、街にも残っている。
「まごめぐり」は、そんなことを気づかせてくれる、新しい馬込の楽しみ方なのだと思います。
★ご参考
それではみなさま、良い週末をお過ごしくださいませ。
この週末も文士村はスマホピーポーで賑わうかもしれません。










